クラシックギターの代表的な演奏家
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クラシックギターの代表的な演奏家

音楽の世界では、ロマン派から近代・現代で、作曲家と演奏家と分業されて呼ばれるようになってきたようです。バロック時代・古典派時代では作曲家=演奏家ですから、ここでは現代の代表的な演奏家を紹介しています。

夢弦の会ギタースクール主宰 佐藤茂勝

アンドレス・セゴビア (1893-1987)
 スペインが生んだ20世紀最大のギター奏者のひとり。独学でギターを学び、16歳でグラナダでデビュー。このデビュー・コンサートが地方新聞で大好評を博したことで、「ただちにギターの使徒になろうと決心した」と自伝に書いています。
 1912年、その当時ギター製作の第一人者マヌエル・ラミレスの工房を訪れて、コンサートで使うギターの借用を願い出ます。ラミレスが手渡したギターを、セゴビアは一目見て気に入り、我を忘れて試奏に没頭しました。ラミレスはすっかり感心して、そのギターをセゴビアに無償で与えました。
 そこに居合わせた、王立音楽院のバイオリン科の主任教授が、セゴビアの才能を見いだしバイオリンに転向するなら力になろうと申し出ました。セゴビアは感激しながらも、「ギターはバイオリンよりはるかに自分を必要としている」、と答えて丁重に辞退したということです。
 23歳で初めて南米に演奏旅行を行い、31歳の時にはパリでの演奏が大成功。以来、欧米各地で独奏会を開き、セゴビアはホールでコンサートを開いた最初のギタリストとして成功を収めます。「セゴビア・トーン」と呼ばれる独自の音を追求し、その音は限りなく美しいクリアな音と音の伸びで聴衆を魅了しました。  また、これまでのギターレパートリーを超えて、ピアノ、ヴァイオリンへの編曲を数多くおこない、ポンセ、ヴィラロボス、ロドリーゴをはじめとする作曲家にオリジナルギター曲を依頼し、独奏曲に限らず、協奏曲にまでレパートリーを広げました。これにより、セゴビアはクラシックギターがフラメンコなどの大衆音楽とは一線を画し、ピアノ、ヴァイオリンと対等に芸術音楽であることを示しました。
 後進の指導にも熱心で、ジョン・ウィリアムズ、オスカー・ギリア、クリストファー・パークニングをはじめとする現在の世界的ギタリストを育てました。

ナルシソ・イエペス (1927-1997)
 ルネ・クレマン監督の映画「禁じられた遊び」の音楽を担当し、全編を通してギターで構成、演奏をし、そこで使われたスペイン民謡「愛のロマンス」はよく知られたギター曲となりました。
 農家に生まれたイエペスは4歳の時に父からプレゼントされたギターを、独学で習得し、ロルカの音楽アカデミーで正式にギターを学ぶ事になりました。13歳でバレンシア音楽院に進み、ギターをエスタニスラオ・マルコ、ホアキン・ガルシア・ローサ、ラファエロ・バラゲールに、作曲をマヌエル・パラウ、ビセンテ・アセンシオに学びました。
 1947年、20歳の時に大指揮者アタウルフォ・アルヘンタに自分の演奏を聴いてもらうチャンスを得、その演奏に驚いたアルヘンタの紹介で、マドリッドへ出てサインス・デ・ラ・マーサのもとで学ぶ事となりました。同年、イエペスはアルヘンタとスペイン国立管弦楽団のコンサートにソリストとして招かれ、アランフェス協奏曲を演奏、その後のパリ、ジュネーヴほかでの成功で、それまで無名のイエペスの名はヨーロッパ中に知れ渡りました。
 1950年、イエペスは演奏活動を中断してパリに留学し、作曲をナディア・ブーランジュに学ぶと共に、ジョルジュ・エネスコとワルター・ギーゼキングに就いて演奏法を学びました。
 日本を初めて訪れたのは1960年で、その後1996年までの間に17回来日しています。ギターといえば、イエペスの演奏する「禁じられた遊び」というくらいに日本では有名になったギタリストです。

ジュリアン・ブリーム (1933- )
 1933年ロンドンに生まれ、父よりギターを学ぶ。その後、王立音楽院で、楽典/ピアノ/チェロを学び、独学でリュートの奏法を習得。20歳の頃から、多くのレコーディングや五大陸全てで行ったリサイタルを行い。30代にはすでに大家と呼ばれるまでになった。以来ギター/リュートの第一人者としてリサイタルを行うほか、古楽アンサンブルでの演奏や、ギター曲の編曲、ジョン・ウィリアムズとのデュオなど、精力的に活動している。ジョン・ウィリアムスと並ぶ世界的な大ギタリストである。

ジョン・ウィリアムス (1941- )
 “キング・オブ・ギター”と呼ばれ、現代のクラシック・ギター界の最高の演奏者、ジョン・ウィリアムスは1941年4月にオーストラリアのメルボルンで生まれました。父はジャズ・ギタリスト1930年代にイギリスからオーストラリアに移住、そこでジョンの母と出会っている。ジョンが初めてギターを手にしたのは4歳の時に父から楽器を譲り受け、たちまちその魅力に取り憑かれ、父の方針でもっぱらクラシック作品ばかりを演奏していたという。
 1950年代に入るとウィリアムス一家は再びロンドンに戻り。父はロンドンでギター教室を開き、ジョンに最上の音楽教育を与えるべく“ギターの神様”アンドレス・セゴビアに会わせ、少年の類い希なる才能を認めたセゴビアは、自らの元で勉強を続けることを勧めた。こうして若きジョン・ウィリアムスは夏はセゴビアの元で、それ以外の時期はロンドンの王立音楽院に通いながら勉強を続けた。当時のクラシック界全体の風潮を反映し、王立音楽院ではギター部門が充実していなかったため、ジョンはここではピアノと音楽理論を学び、卒業後まもなく、ジョンは新しく設立されたギター部門を任されることになった。
 演奏家としての活動は、1958年の11月、名門ウィグモア・ホールでのデビューコンサートで、まだ18歳に手の届かない青年が満場の観衆を前に堂々たるパフォーマンスを披露し、セゴビアに「音楽の世界にギターの貴公子が降り立った」と評した程の成功を収めました。
 1963年にジョン・ウィリアムスは初来日。その直後、CBS(当時・現ソニー・クラシカル)とレコード契約を締結、1964年にデビュー・アルバム『CBS presents John Williams』を発表し、同年の12月にニューヨーク・デビューを果たした。まさに飛ぶ鳥を落とす勢いでその評価は上っていった。
 リュート、ギターの大家として認められていたジュリアン・ブリームとは互いの才能を讃え、意気投合して新しいクラシック・ギターのムーヴメントを創りあげるべく、たびたび共演を果たし、それは70年代の後半まで続いた。
 1970年代に入ると、クラシック音楽の演奏家としての自分に飽きたらず、ジョンは様々な可能性を追求し始めた。クラシックのコア・ファンやメディアからは道草を食っていると酷評されながらも彼はエレクトリック・ギターを手にするなど、そのサウンドの幅を広げていった。そして1979年、ついにジョンは純然たるフュージョン・グループ、スカイを結成し、再びクラシック音楽の世界へ戻るまで、その後5年間に渡り精力的な音楽活動を続けた。
 1995年には実に25年ぶりとなる日本ツアーを実現、熱烈な歓迎を受けた。以後、日本には約2年に一回のペースで来日を果たしている。

マヌエル・バルエコ (1952-)
 キューバのサンチャゴ・デ・クーバに生まれ、キューバとラテン・アメリカの音楽に囲まれて育つ。後にキューバのエステバン・サラス音楽院に学び、67年家族と共にアメリカに移住してからはバルティモアのピーボディ音楽院で学び、後には同校の教授となる。これまでに小澤、D.ジンマン、K.ナガノほか数多くの著名指揮者と共演している、ニューヨークでは兄弟のギター二重奏で活躍しているセルジオ&オダイル・アサドとの共演を実現させる他、ロドリーゴを偲ぶ演奏会ではロドリーゴ生誕の地ヴァレンシアで7,000人の聴衆を前にアランフェス協奏曲を演奏。各地で演奏活動をしている。

エドアルド・フェルナンデス (1952- )
 ウルグアイ生まれ。11歳の時に兄弟で初デュオリサイタル。71年ウルグアイ・ギターコンクールに優勝、75年にはアンドレアス・セゴビア・コンクール優勝。77年のニューヨーク・デビューで絶賛を博し、南北アメリカで積極的な演奏活動を展開。83年ロンドン・デビュー。84年にはエディンバラ国際フェスティヴァルに招かれる。88年セゴヴィア記念グラナダ・フェスティヴァルに参加。91年ロドリーゴのコンチェルトによるライヴ・コンサートのビデオをリリースするなど、多彩な活動を行なっている。

デビット・ラッセル (1953- )
 1953年6月1日にスコットランドのグラスゴーで生まれ、6歳の時にスペインのメノルカ島に移り、16歳までカタルーニャ文化圏に属するその島で過ごしました。ギター好きな画家の父親の影響でギターを弾くことになっったようです。その後、ロンドンの王立音楽院でギター、ヴァイオリン、フレンチホルンを学び、1970年と1971年には「ジュリアン・ブリーム・ギター賞」を受賞しています。更に、スペインに留学したラッセルは、アリカンテやサンティアゴ・デ・コンポステラでホセ・トマスの指導を受け、アリカンテ国際コンクール、アンドレス・セゴビア国際コンクール、タレガ国際コンクールと立て続けに優勝を重ね、一躍注目を浴びる存在となりました。

福田進一
 1981年パリ国際ギターコンクールで優勝、その後は世界中でコンサート活動を行い、まさに日本を代表する世界的ギタリスト。また、教育者としての活動も積極的で、村冶佳織・鈴木大介・大萩康司等の未来のギター界を担う逸材を輩出、日本のギター音楽界をリードして来ています。
 詳しくは 福田進一オフィシャルページ をご覧ください。右の写真はベスト盤CD「Super Best」のジャケットです。

村治佳織
 ギターファンに限らず、TVCM出演ですっかり有名人になりました。1993年のデビューから10年を過ぎて、日本国内はもとより海外に於いても活躍しています。
 詳しくは 村治佳織オフィシャルページ をご覧ください。右の写真はデビュー10周年記念CD「ESTELLA/エステーラ」のジャケットです。